ここで、ワルター・ベンヤミンの一節を引用しておく。「ブルジョワの家が4つの壁で囲まれているように,通りはフラヌー(排個する人)にとって、建物のファサードの間にある彼のアパートとなる」。これらのパッサージュのほとんどが右岸にあるのは当時の経済活動に関係し、ガラスと鉄の使用とガス煙の発達に時期を同じくする。デパートを始め商業活動の中心は右岸である。

 

最後に、変貌しつつあるパリについて書かなければならないだろう。1989年、革命200年祭に際していくつがのグラン・プロジェができた。私の実感では、これらは起爆剤であって、それ以後のほうが大きな変化を感じる。現在パリ市が所有する土地は、パリ全面積の49%に当たる。新しい中華街のあるベルゼル周辺は、古い穂並みが完全に新しい建物になっているし、シトロー工ン工場跡地の公園や、フランク・ゲーリーのアメリカンセンターのあるベルシー公園、ドミニク・ペローによる新国立図書館の周辺等、開発は今まで以上に大規模なものがある。動きつつあるパリの姿が見られる。

 

失業率の増加、開発による追い出しによってS.D.F.(住所のない人々)がメトロの駅に増えている。厳寒の夜には、教会や、メトロの駅が彼らに寝床を提供している。一方で外からの人々を受け入れ 他方で排他的な部分を持ち合わせている非常に不思議な社会だというのが実感である。

 

 

 

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