この辺は、アジア、中近東、アラブ、東欧の店も多く、物も安いせいもあって、その地方の人々も多い。パリの中でも外国人の割合はきわめて高いが、日本人の姿はほとんど見られない。単一人種に慣れた者にとっては少々馴めないかもしれない。郷に入ったら郷に従えというが、これはすべての民族に通じるわけではなさそうだ。自分たちのテリトリーを、自分たちの文化で作ろうという傾向も見られる。今それが問題になりつつもある。しかし、パリの偉大さは、外国人を常に受け入れているところだろう。

 

アパートのある通りには、リカルドボフィルの事務所がある。すぐ下のシェ・シャネットは、パリでは珍しく女性だけのカフェで、夜になると若者たちでいっぱいだが、朝はゆっくりとできるし、カウンターからガラス越しにパッサージュ・ブラッディが見え、都市の中にあるトランスバランス(透明性)を感じる。すぐ横には、パッサージュ・インダストリーがある。パッサージュ・ブラッディは、今やインド・レストランが並び、残念ながら当時の面影はほとんどない。後者は床屋の卸しが店を連ねる。少し北にはアフリカ人専門の床屋が店を連ね、メトロの出口で客引きが常に声を掛けている。ブールバールにはいくつもの庶民的な劇場があって、夜になっても人通りは絶えない。

 

 パリのパッサージュは、石造の多い街の中に意外な場をつくりだしている。西欧の都市空間が内と外の境界がはっきりしている中で、唯一外部でありながら一種の内部空間になっている点ではないだろうか。構造から開放された、鉄とガラスの構成によるのかもしれない。近くには、パッサージュ・オ・ケー、ジュフロワ、パノラマといくつもあって、フラヌリーをするのはこと欠がない。

 

 

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