変貌する世代の旗手 Dominique PERRAULT

 

 

Dominique PERRAULTの経歴を見ると無駄が無い。78年、25歳で建築家の資格であるDPLG(仏政府公認建築家)をUP6(現在のパリ・ヴィレット建築学校)で取得、79年にPonts des Chaussées (国立土木大学)で都市計画を学び、更に80年には歴史でDEA(博士課程前期)を修了している。その間、マルタン・ヴァン・トゥリーク、レネ・ドットゥランドゥ、アントワーヌ・グランバックの各事務所で実務経験している。81年には自分の事務所を開設しているが、82年から84年にかけてパリ市の建築計画局の建築家として仕事をしていて、83年にはAlbums de la jeune architecture に選ばれている。その後、建築雑誌モニター社の主催するエケール・ダルジャン、フランス政府のグランプリ・ダルシテクチュー等、数々の賞を得ている。まさに建築家として最短距離を歩んでいるといえる。

 

最初の建築作品であるESIEE(高等電気技術学校)が87年にマルヌ・ラ・ヴァレに完成させ、その二年後の89年には国際的に著名な建築家達を相手にBibliothèque de Franceのコンペで勝っている。当時、彼は36歳であった。以降、彼はフランスだけでなく、ヨーロッパを活動の場としている。その活動の範囲は建築ばかりではなく、地域開発のような大規模な都市計画のプロジェクトも多い。

 

彼の辿っている行程は一般に建築家が個人住宅から始めるという日本の社会では考えられないことである。そこで彼が出てきたフランスの建築界の状況を検討する必要があるかもしれない。

 

 

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