変貌しつつあるパリ -臨海副都心は人本位の町に-

 

 

 

臨海副都心を訪れた。同行のフランス人に来年三月までに完成される予定であった都市博の現場だと説明した後で、実は解体してさら地にしている最中だと聞かされた。フランスでしばしば起こる事態だが、日本では政治が事業を左右した最初の事件かもしれない。フランス人たちは京都や奈良を訪れ、古建築や豊かな自然に触れた後で、日本の消費社会の現実を見せられてショックを受けていた。

 

東京都は次なる計画を打ち出さなければならないが、新たな都市像が短期間でできるとは思わない。十分な時間と才能を費やして計画し、社会・都市が採算だけでつくられていくのではないことをもう一度考えてもらいたい。計画によって意思表示すべきだ。それでこそ都市博を中止した価値があるのではないか。

 

 ここ十年来、建築の状況を傍観していると、−方で、わい雑な日常性にあきあきした建築家たちは自分の作品と外部との関係を物理的に断ち、自分の中にこもり作品作りに精を出している。他方で混とんとした社会状況を建築の中に表現しようとする建築家たちがいるが、単体でそれをするのには無理があるのではないか。これらの建築は結局、膨大な周辺の雑然とした状況の中にのみ込まれてしまっている。いつまでたっても街(都市)が育っていかない状況を建築家自身が作っている。立派なファサード(正面)を作ってもその前にある電柱はなくせない。戦後五十年たっても電柱も電線も相変わらず消えない。これは果たして行政の責任だけだろうか。

 

 

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